《 神 の 小 羊 》
2nd Sunday A
2026.1.18ミサ説教
兄弟姉妹の皆さん、どうか忍耐と理解を願います。 少なくとも今日のミサは、その善を心の支えにしてください。もう1か月以上、洗礼者ヨハネの名を聞いています。今日も、福音で、 彼の名が挙がりました。ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言いました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。これは私が言った方である。 神の子である」 と。
イエスを理解するのに、洗礼者ヨハネの役割は非常に重要です。生涯の始まりから終わりまで、彼はただイエス・キリストの証人として、生きぬきました。自分の力によって、ユダヤ人たちも信じるために、 彼の宣教活動はユダヤ人にイエスのことを紹介する役割を果たしていました。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」と、洗礼者ヨハネは宣べ伝えました。
「神の子羊」という名で、洗礼者ヨハネはイエスを呼びました。その名を私たちはよく知っています。ご聖体を頂く前、その御名を唱えます。 ミサの中で神の小羊を唱えるとき、イエスのいけにえ、奉献、 十字架の犠牲を認識します。 神の小羊のおかげで、罪のゆるしと救いを手に入れます。それは旧約聖書の神の小羊に出来なかったことでしたが、人々は捧げるよう教えられていました。 イエスのいけにえ、奉献だけが癒しと和解をもたらすことが出来ます。
皆さんが知っているように、感謝の祭儀は聖なる犠牲・奉献とも呼ばれます。神の小羊についてです。ミサの中で、 イエスの奉献に参加し、自分も他の人々のための捧げものとなるよう招かれています。あなたが献金箱に入れるお金、あなたの歌、司祭の説教と御言葉を祈りながら聞くこと、そして聖体拝領の時の静かな祈りは、イエスの奉献に参加する方法であり、神の小さな小羊になるためのものです。 しかし、奉献はミサが終われば終わりではありません。むしろミサは、私たちが社会の中に入っても、奉献をし続けるよう促し、私たちを派遣してくれるのです。最後に、司祭は「平和の内に行きましょう、互いに愛し、仕えなさい」ということを忘れないようにしましょう。
具体的に言います。私たちはどのようにして神の小羊になれるのでしょうか。それには様々な方法があります。一つは小教区への参加です。どうすれば自分の教会に奉仕出来ますか。このように考えてみると、フランシスコ教皇様の言葉を思い出しました。教会について、彼はこう言いました。「閉じこもって自分の壁にしがみつく教会よりは、むしろ、外に出て通りを歩み、傷つき、泥にまみれた教会の方がいい。自分のことばかりを気にかけ、中心に居座ろうとする教会など、私は欲しくないのです。」簡単な言葉で言うと、亡くなられたフランシスコ教皇様の教会は、僕のようなものです。教会の最大の関心事は、信徒の幸せです。説教において、司祭は羊の匂いをまとった羊飼いであると言いました。
兄弟姉妹の皆さん、ここ数週間、私が考えてきたことを話させてください。私たちの小教区は、新しいリーダーを選出しなければならない時期に来ました。今のリーダーたちの任期はもうすぐ終了します。ですから、祈りを通して皆さんに協力してほしいと願っています。 主に祈りましょう。ご自身の心と魂を持つ人々、貧しい人々と教会のために真に尽くすリーダーを私たちの元に送ってくださるよう願いましょう。
林神父が新しい任務に移る前に、今のリーダーの皆さんの立ち会いのもとで、素晴らしい贈り物を残してくださったことに気づきました。リーダーの皆さんのおかげで、小教区管理もスムーズになり、感謝しています。
選ばれる方々にお願いがあります。どうか神の小羊の模範に従ってください。イエスの道・導きを信頼し、その歩みに身を委ねてください。
アーメン