垂水教会事務 のすべての投稿

12月のミサ時間のお知らせ(11/27変更)

典礼暦 ミサ時間 地区
4日(日) 待降節 第2主日 9:00 舞子・垂水北・明舞南
11:00 垂水・塩屋・明舞北
11日(日) 待降節 第3主日 9:00 舞子・垂水北・明舞南
11:00 垂水・塩屋・明舞北
18日(日) 待降節 第4主日 9:00 舞子・垂水北・明舞南
11:00 垂水・塩屋・明舞北
24日(土) 主の降誕 夜半ミサ 17:00 フリー
19:00 フリー
25日(日) 主の降誕 9:00 フリー
10:00 フリー(11/27変更)
11:00 フリー
14:00 (子どもミサ)フリー

※12/24、12/25のミサは密集を避けるために、垂水教会の信者に限定させていただきます。

今後の感染状況によっては変更する場合があり得ますので、その時にはまた、一斉送信でご連絡いたします。

復活の主日 復活の聖なる徹夜祭

2020年4月11日

カトリック垂水教会 信徒の皆様

担当司祭:林 和則

復活の主日 復活の聖なる徹夜祭

♰主の平和
 聖木曜日のメッセージの冒頭で「聖なる三日間の典礼」は一年間の典礼暦の頂点と言ってもよいとお伝えしましたが、その三日間の中での頂点が「復活の聖なる徹夜祭」の典礼です。
 気をつけていただきたいのは、「復活の聖なる徹夜祭」は「聖土曜日の典礼」ではありません。カトリック中央協議会が発行している「聖週間の典礼」の儀式書では次のように書かれています。
「聖土曜日に教会は、主の墓のもとにとどまって、その受難と死をしのび、祭壇の飾りを取り除き、ミサもささげない(儀式書238頁より)」
 これを読んで「でも、土曜日の夜に行われているじゃないか」と疑問に感じる方もおられるでしょう。実はこれはユダヤ教の一日の考え方に基づいています。ユダヤ教(つまりイエスもこのような生活のリズムの中で生きておられたのです)では、一日は前日の日没から始まり、当日の日没で終わるのです。そのため、聖土曜日もその日の日没で終わり、その夜から復活の主日が始まるという初代教会の考え方が伝統的に守られてきました。ただし、四つの福音書すべてが語っている通り、「復活」は復活の主日の朝に起こりました。古くから教会はその復活の朝を眠ることなく徹夜して待ち通すという伝統を持っていて、それが復活徹夜祭となっていったのです。
 徹夜祭の開始において照明を落とした暗い聖堂の中で、手にしたろうそくに灯りをともして信徒が司祭の入堂を待つのはルカ12:35―40の「目を覚ましている僕」のたとえのイメージに基づいているといわれています。
「主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ(12:38)」
 ですから、会衆は司祭が掲げる「復活のろうそく」に象徴されている「復活されたキリスト」を「ともし火をともして(12:35)」迎えるのです。
もちろん、現在の生活事情もあって、実際に徹夜をするわけではありませんが、大切なことは「目を覚ましている」ことです。それはこの世だけでなく、日々の生活において絶えず「信仰」に目覚めていることです。地上に生きる私たちは日常の生活の中に生きているうちに、目に見える地上的な価値観に流されて、信仰が鈍り、眠り込んでしまいがちです。ですから地上の生活にあっても、目に見えない世界、何よりも復活して今も生きているキリストを見つめる信仰にいつも目覚めていなければなりません。四旬節はいつの間にか眠り込んで惰性に陥っていた信仰の目を覚ます時であったとも言えます。「ともし火」は何よりも私たちの中の「信仰」であり、ろうそくと共にしっかりと復活の主に示しましょう。

 そして徹夜祭における復活のろうそく、その光こそが復活のキリスト、今も私たちの中に生きておられ、光を輝かせているキリストのシンボルで、復活徹夜祭の中心です。その光は聖堂の中だけで輝いているのではありません。聖堂の壁を貫いて、全世界に輝いているのです。それは新しい天地創造であると言えます。
「光あれ(創世記1:3)」
 神がこの世界を創造される際に最初に発したことば、それによって混沌の地に輝いた光、キリストはまさに復活によって、人類の混沌の歴史の中に新たな光、神の愛を輝かせ、世界を新たにされたのです。
 それは今年、未知のウイルスの恐怖におびえ、先の見えない不安の中で暗闇のような状況にある今の世界にこそ、必要なのです。教会はそのような世界に向かって、復活のろうそくを高々と掲げ、「光あれ!」と希望を響かせるのです。
 今年、私は垂水教会の聖堂ではそれをできませんが、今夜、愛徳カルメル会本部の修道院での復活の徹夜祭の典礼において復活のろうそくを掲げます。それは修道院のシスターの方がたのためだけでなく、垂水の地域に生きるすべての人びと(信徒だけでなく)のために掲げるのです(なお修道院のミサは院内のシスター方のためだけの「非公開」のミサとして司教様から許可されています。そのため皆さんの参加はできないことをご了解ください)。皆さんは垂水の地に復活のろうそくが、キリストの光が掲げられたことを喜び、そこに参加はできずとも、垂水の人びとのため、また全世界の人びとのためにお祈りください。また、可能な方は大阪教区もしくは東京教区のネットミサで復活のろうそくを仰ぎ、この世界にキリストの光が満ちあふれますようにと祈りを捧げてください。

 復活の徹夜祭のことばの祭儀には九つの朗読があり、そのうち七つは旧約聖書から、二つは新約聖書(パウロの書簡と福音書)から取られたものです。

「創世記1:1~2:2」「創世記22:1~18」「出エジプト記14:15~15:1a」
「イザヤの預言54:5~14」「イザヤの預言55:1~11」
「バルクの預言3:9~15、32~4:4」「エゼキエルの預言36:16~17a、18~28」
「使徒パウロのローマの教会への手紙6:3~11」
「マタイによる福音28:1~10」

 そこでは創世記の天地の創造から、新約の復活の出来事に至る、神の救いの歴史が俯瞰的に語られています。私たちはそれを通して、神が人類の歴史の始まりから共に歩んでくださって、キリストを通して私たちを救ってくださったという壮大な神の御手のわざを実感し、その中に自分の人生があることの恵みを感謝します。どんな人の人生もちっぽけなものではありません。時空を超えた神の計らいの中に置かれた、神にとっての宝なのです。
「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた(申命記7:6)」
 ぜひ、ご自宅で聖書を開いて、上記の朗読箇所を読まれて、神の救いの歴史を黙想してください。

 このように神の救いの歴史を通して読むのは、ユダヤ教の過越の祭りに源流があります。過越の祭りの夜、家族がひとつに集い、過越のいけにえの子羊を共に食し、その後、父親が子どもたちに救いの歴史を語るのです。
「あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときには、こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と(出エジプト記12:26~27)」
 この時、父親は聖書に書かれてある出エジプトの出来事を語り、神がイスラエルの民を救われたことを子々孫々に語り継いでいくのです。
 復活徹夜祭においても、教会は教会の子らに救いの歴史を年ごとに語り継ぎ、感謝して、心に刻み込むようにとしているのです。
 今年は教会に集まれないので、過越の祭りの原形のように、家族の皆さんで朗読箇所を味わい、キリストを通して実現した新しい過越について語り合ってみるのは、いかがでしょうか。その際、小さなお子さんがいれば、お父さんお母さんは絵本を読み聞かせるように(聖書絵本があればそれをお使いください)、語ってあげてください。
 復活徹夜祭は過越の祭りを原形としていて、同じように、「家族の祝い」なのです。まず大きな、教会の家族のお祝いです。ですから、この祝いに教会に集まって共に祝えないことは本当に残念なことです。ぜひ今夜、物理的に離れていても、心は共にあるという思いで、垂水の教会共同体、さらに全世界の教会共同体のためにお祈りください。
 そして小さな、家庭としての家族のお祝いです。教会に集まれない分、今年は家庭での祈りを大切にしてください。家族でネット中継のミサに与る、聖書を朗読するなど、してみてください。

祈りのうちに

4月5日のミサ(受難の主日)

4月末日までの週日・主日ミサを中止いたしますので、ご自宅でお祈り下さい。

受難の主日(枝の主日)聖書と典礼 2020年4月5日

※ 受難の朗読(マタイによる福音 27章 11-54節)は省略いたしました。お手持ちの聖書でお読みください。

入城の福音

マタイによる福音(マタイ21・1-11)

 〔イエスの〕一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
 「シオンの娘に告げよ。
 『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、
 柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
 弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。
 「ダビデの子にホサナ。
 主の名によって来られる方に、祝福があるように。
 いと高きところにホサナ。」
 イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。

第一朗読

イザヤの預言(イザヤ50・4-7)

主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え
疲れた人を励ますように
言葉を呼び覚ましてくださる。
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。
主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは逆らわず、退かなかった。
打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。

第二朗読

使徒パウロのフィリピの教会への手紙(フィリピ2・6-11)

 〔イエス・〕キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

福音のメッセージ

「子ろばに乗って」

*今日は「受難の朗読」ではなく「入城の福音」からのメッセージを皆さんにお届けします。

カトリック垂水教会担当司祭:林 和則

 本日の典礼は聖週間の初日にあたり、主がついにエルサレムに入城されたことを記念します。マタイ、マルコ、ルカのいわゆる共観福音書では、イエスの宣教活動中におけるエルサレム入城はただ一度、その最期の日々に果たされたとされています。それによって、エルサレム入城が同時に十字架の死へ向かう最後の一歩であったことを意味しています。ちなみにヨハネではイエスは5回、エルサレムに上ったとされています。

 けれども今日の福音にあるように、その入城の様子は十字架の死とはまったく逆の勝利と栄光に満ちたものでした。大勢の群衆が王を迎える時のようにその進む道に自らの服や木の枝を敷き詰め、イエスの前後を取りまいて「ダビデの子にホサナ」と歓呼の声をあげます。そう群衆はまさにイエスが彼らの待ち望んでいた真の王であるメシアとしての行動を開始するためにエルサレムに来られたのだという期待に熱狂していたのです。

 群衆のこの熱狂を理解するためには、当時のユダヤがメシアを待ち望む運動、いわゆるメシア主義(メシアニズム)にいかに沸騰していたかに思いを馳せる必要があります。それは福音書全編の背景を思い描くためにも欠かすことのできない視点です。その運動は同時にローマ帝国からの独立運動、民族主義的な熱情と一体化していました。ユダヤ人はローマ帝国から民族を解放してくれる政治的、軍事的な王としてのメシアを待望していました。

 私たちはしばしばそれを神の救いをもたらす真のメシアを理解できずに地上的な栄光を求めていた愚かなユダヤ人として蔑視しがちです。また今日の受難の朗読また聖なる三日間の福音朗読においてユダヤの祭司たちや民衆を、イエスを十字架の死に追い詰めた「悪役」として捉えがちです。けれども皆さんに気をつけて頂きたいのは、そのような視点をもって福音を読もうとすることです。そのような視点が欧米におけるカトリック教会を中心としての反ユダヤ主義の温床となったのです。

 何世紀にもわたって大国の支配や侵略に虐げられてきた弱小民族が解放と独立を切望するのは当然のことです。むしろそのような「人間的な見方」を超えた神の思いに開かれていくことはきわめて困難なことで、おそらくどの民族にあってもそれは同じで、私はイエスがどの民族に生まれていても、やはり死刑にされていたと思います。何よりもイエスがそれをもっとも理解されていたことでしょう。それでもなお神の民であるユダヤ人を愛されていたことが大切です。だからこそイエスはエルサレムを思って涙を流されたのです。

 「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛(ひな)をその羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか(マタイ23:37)」

 まさにイエスは母親が幼いわが子を腕の中に抱きしめるようにして、ユダヤの民を愛されていたのです。ここから言えることは、イエスの十字架の苦しみは肉体的なものだけでなく、弟子たちの裏切りがそれ以上の苦しみであったとよく言われますが、それと同様に愛する民から見放されて、憎まれ、さらに殺されるという大きな苦しみがあったのです。

 今日のエルサレム入城で歓呼する群衆にもイエスは真のメシアを理解してもらおうとして必死に訴えています。それが「子ろばに乗って」入城する姿です。イメージしてみてください。人びとが立ち上がってイエスを讃えている、けれどもイエスは低い子ろばに乗っているために人びとの視線より下にいて、人びとを見上げています。人びとはイエスを見下ろしています。何という奇妙で、ちぐはぐな光景でしょうか。この光景にふさわしい姿は馬に乗って来る姿だったのです。馬に乗れば人びとを見下ろし、人びとは見上げることになります。だからこそ馬は権力者と軍人の乗り物でした。まさにそれは「政治」と「軍事」の象徴で、人びともそのような姿こそをメシアに、イエスに求めていました。

 だからこそ、イエスはろば、しかも子ろばに乗ってきたのです。ろばは庶民が運搬また乗用に生活のために使用するものでした。それは「仕えること」と「平和」の象徴でした。イエスにとってメシアであるということは「仕える」ためであり「平和」をもたらすことでした。それが人びとに理解できないのは、イエスは単に「人間的な見方」によってではなく、それを超える「神の愛の視点」から実現しようとされていたからです。

 ですから、群衆の歓呼が響き渡るような輝かしい今日の福音には、実はイエスと群衆の思いの深い断絶がすでに表れていて、受難の序曲ともいうべきものであるのです。

 繰り返しますが、受難の福音を黙想する時にはイエスのユダヤ人の愛を想起してください。そして私たちも福音のユダヤ人のようにイエスが何度も何度もご自分の腕の中に私たちを抱き迎えようとしてくださっているのに、そこから逃れて、この世的な価値や快楽に走っていることを。「エルサレムよ、エルサレムよ」と嘆かれ涙を流されたように、新しいエルサレムであるキリストの教会の子らである私たちのために嘆かれ涙を流されていることを。

お知らせ:

大阪大司教区、東京大司教区等で、YouTubeを利用したミサのLIVE配信を行っています。下記記載のURLよりYouTubeをご覧になれる環境をお持ちの方はぜひご活用ください。

大坂大司教区 4月5日 10:00
http://www.osaka.catholic.jp/c_oshirase_bun2020.html#200319

東京大司教区 4月5日 10:00
https://www.youtube.com/watch?v=eRc_PYecgvY

4月末までミサの中止および教会施設の閉鎖を延長します

2020年4月1日

カトリック垂水教会 信徒の皆様

担当司祭:林 和則

4月末までミサの中止および教会施設の閉鎖を延長します
♰主の平和
本日午後、前田大司教様より、第5次の「新型コロナウイルス感染症にともなう措置」の通達がFAXによって送られて参りました。
通達の全文は大阪教区のホームページ(http//www.osaka.catholic.jp)に掲載されています。「更新情報」の中の「お知らせ(4月1日)」をクリックしてご覧ください。
ここでは、第5次の通達中、垂水教会が取るべき措置に関係する重要な通達を以下に列挙しておきます。

  • 1.大阪教区での公開ミサは、4月末まで中止とします。5月以降に関しては、4月23日(木)ごろをめどに、改めて通知します。
  • 2.ミサ以外の諸行事や講座などに関しては、できる限り延期または中止するようにしてください。
  • 3.秘跡の授与(洗礼、聖体、ゆるしの秘跡、病者の塗油など)に関しては、小教区の責任司祭に一任します。
  • 5.公開ミサ中止期間中、大阪教区のすべての信徒に主日のミサに与る義務を免除します。各自が家庭で、聖書を朗読したり祈りを捧げたり、ロザリオの祈りをしたりする時を持つように勧めます。

上記の通達に従って、4月末日まで週日、主日のミサの中止、また聖堂、信徒会館の施錠、駐車場、遊具の使用禁止による教会の閉鎖を延長いたします。
聖週間および復活祭については、大阪教区では聖なる三日間の典礼のインターネット中継を検討しています。また皆さんの霊的指導の責任を担う担当司祭としましても、一年間の典礼で最も大切な聖なる三日間、復活祭を聖堂での典礼のできない状況にあって、どのように過ごして頂けばよいのか、運営委員会とともに検討し、何らかの提案をしていきたいと考えております。ある意味、今の私たちはバビロンの捕囚時における神の民のような状況にあるのかも知れません。当時の神の民がその苦境を乗り越えたように、私たちも揺らぐことのない信仰をもって歩んで行きましょう。

3月29日のミサ(四旬節第5日)

4月8日(水)までの週日・主日ミサを中止いたしますので、ご自宅でお祈り下さい。
今回も神父様の福音のメッセージが入っております。皆さんと共に早く収束する事をお祈りいたしましょう。

四旬節第5主日 A年 聖書と典礼 2020年3月29日

第一朗読

エゼキエルの預言(エゼキエル37・12-14)

 主なる神はこう言われる。わたしはお前たちの墓を開く。わが民よ、わたしはお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。わたしが墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき、わが民よ、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。また、わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる。わたしはお前たちを自分の土地に住まわせる。そのとき、お前たちは主であるわたしがこれを語り、行ったことを知るようになる。

第二朗読

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・8-11)

 〔皆さん、〕肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、”霊”は義によって命となっています。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。

福音書

ヨハネによる福音(ヨハネ11・1-45)

 ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロといった。このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが病気であった。姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」イエスはお答えになった。「昼間は十二時間あるではないか。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。しかし、夜歩けば、つまずく。その人の内に光がないからである。」こうお話しになり、また、その後で言われた。「わたしたちの友ラザロが眠っている。しかし、わたしは彼を起こしに行く。」弟子たちは、「主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう」と言った。イエスはラザロの死について話されたのだが、弟子たちは、ただ眠りについて話されたものと思ったのである。そこでイエスは、はっきりと言われた。「ラザロは死んだのだ。わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう。」すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言った。

 さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほどのところにあった。マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」

 マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。

 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。

 マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。

福音のメッセージ

「イエスは涙を流された」

カトリック垂水教会担当司祭:林 和則

 福音書では、イエスのことばとわざが伝えられていますが、そのことばを発した時、そのわざを行った時、イエスがどのような表情をされていたのか、どのような思い、また感情を抱かれていたのか、ほとんど伝えられていません。その中にあって、今日の福音はイエスの表情や思いが非常に生々しく記述されている箇所であるといえます。
「心に憤りを覚え、興奮して(11:33)」「涙を流された(11:35)」
「再び心に憤りを覚えて(11:38)」「大声で叫ばれた(11:43)」
 二度も繰り返して書かれている「心に憤りを覚え」ですが、皆さんの中にはなぜ「憤り」なのかと疑問に思われる方が多いのではないでしょうか。イエスはラザロの死を嘆き悲しむ人びとを目の前にしているのです。むしろ「悲しみ」こそがその場にふさわしい感情なのではないかと。この「憤り」については、イエスは「死」に対して憤りを覚えられたのだという解釈が一般的です。

「イエスが「心に憤りを覚えた対象」は、人間をやり場のない悲しみに突き落とす死だと考えられます(雨宮慧神父「主日の聖書解説〈A年〉」)」

「イエスはこういう死の事実、悪魔の支配の事実に対して怒りと興奮をもって臨んでおられるのであり、またその悪魔の支配の前になすすべをもたず、ただ嘆いている人々に対して憤りを覚え興奮しておられると解すべきであろう(松永希久夫牧師「新共同訳新約聖書注解Ⅰ486頁より」)」

 私も上記のような解釈がヨハネのメッセージであろうと思います。ただ私はこの福音の箇所を解釈ではなく、黙想する時、もっと多くの人びとの嘆き、悲しみ、それは天地をゆるがす叫びとなるような慟哭の叫び、その中に立たれ、泣き、憤りを覚えておられるイエスの姿が立ち現れてくるのです。人類の歴史において数限りなく刻み込まれてきた、いわれもなき苦しみ、誰にどこに向かって怒りを向ければいいのかわからない苦しみ、突然、愛する人が理不尽に奪い去られるような苦しみ・・・。今、私がこの箇所を黙想するたびに眼前に立ちあがってくるのは、今月の11日に発生から9年をむかえた東日本大震災です。特に巨大な津波によって突然、愛する人を失われた方がたに思いが寄せられていきます。
 大切な人が突然、理不尽に亡くなった時、人はその理不尽さに耐えられません。意味もなく亡くなったということに耐えられないと思います。津波による死はまさにそうです。何のために、どうして・・・、と果てしない堂々巡りの思考の中に落ち込むそうです。そして同時に「憤り」に捉われるのだそうです。けれども「津波」では、その「憤り」をぶつける先が、相手がいないのです。相手がはっきりしていれば、その相手を追い詰めることでまだ少しでも気をまぎらわすことができるでしょう。相手に何らかの償いをさせることによって、亡くなった人に何かをしてやれたような思いになれるでしょう。けれども「津波」に対して「憤り」を覚えても、それは出口のないトンネルに閉じ込められていくようなものだそうです。
 もしそのような遺族の方がたの前にイエスが現われたならば、きっとその方がたは悲しみと怒りをイエスにぶつけて、マリアや人びとのようにイエスに訴えられることでしょう。

「主よ、もしあの時いてくださいましたら、わたしの愛する者は死ななかったでしょうに」
「盲人の目を開けたこの人も、津波で人が死なないようにはできなかったのか」

 そして、ラザロの時のように、津波で死んだ人びとが「洞穴」から出て来ることはありません。イエスはただ立ちつくしているだけです。けれども、私の黙想の中で、イエスは遺族の方がたとともに「涙を流され」「憤りを覚え、興奮して」大声で泣いているのです。

 今日の福音の奇跡はヨハネの福音ではイエスがなされた最後の奇跡とされています。ちなみに最初の奇跡は「カナの婚礼(2:1-11)」でのぶどう酒の奇跡です。ある意味、次の奇跡は「復活」です。実はラザロのよみがえりの奇跡は「復活」と対になっていて、「復活」の意味を明確にするためにあるといえます。
 ラザロのよみがえりはあくまでも「蘇生」であって、彼はそれまでの生活に「戻った」だけなのです。その生活はやはりやがて「死」を迎えるものでした。けれども「復活」は以前の生活ではなく、新たな生に向かって別の次元に開かれていくことなのです。それは天に向かって、すなわち父と子と聖霊の愛の交わりの無限の広がりに向かって開かれていくことです。これこそが私たちの天国です。
 そこにおいて、すべての人びとの目から涙がすべてぬぐい去られることを私は待ち望みます。私は黙想の中で、そこにおいて、イエスさまが大きな笑顔で人びとの中におられる姿を思い浮かべます。

 今日は聖書の解釈よりも、個人的な黙想のイメージを書かせていただきました。弁解させていただくと、それは今日の福音がイエスを取りまく情景をとてもリアルに描いていることが契機になっているといえます。

3月22日のミサ(四旬節第4主日)

3月31日(火)までの週日・主日ミサを中止いたしますので、ご自宅でお祈り下さい。

春の訪れとともに、早く収束する事を皆さんと共にお祈りいたしましょう。

四旬節第4主日 聖書と典礼 2020年3月22日

 

第一朗読

サムエル記(サムエル上16・1b、6-7、10-13a)

 〔その日、主はサムエルに言われた。〕 「角に油を満たして出かけなさい。あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見いだした。」
 彼らがやって来ると、サムエルはエリアブに目を留め、彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った。しかし、主はサムエルに言われた。 「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」
 エッサイは七人の息子にサムエルの前を通らせたが、サムエルは彼に言った。「主はこれらの者をお選びにならない。」サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。その子がここに来ないうちは、食卓には着きません。」エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。

 

第二朗読

使徒パウロのエフェソの教会への手紙(エフェソ5・8-14)

 〔皆さん、〕あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。―――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。―――何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。
 「眠りについている者、起きよ。
 死者の中から立ち上がれ。
 そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」

 

福音書

ヨハネによる福音(ヨハネ9・1-41)

 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。」こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。近所の人々や、彼が物乞いをしていたのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。
 人々は、前に盲人であった人をファリサイ派の人々のところへ連れて行った。イエスが土をこねてその目を開けられたのは、安息日のことであった。そこで、ファリサイ派の人々も、どうして見えるようになったのかと尋ねた。彼は言った。「あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです。」ファリサイ派の人々の中には、「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」と言う者もいれば、「どうして罪のある人間が、こんなしるしを行うことができるだろうか」と言う者もいた。こうして、彼らの間で意見が分かれた。そこで、人々は盲人であった人に再び言った。「目を開けてくれたということだが、いったい、お前はあの人をどう思うのか。」彼は「あの方は預言者です」と言った。
 それでも、ユダヤ人たちはこの人について、盲人であったのに目が見えるようになったということを信じなかった。ついに、目が見えるようになった人の両親を呼び出して、尋ねた。「この者はあなたたちの息子で、生まれつき目が見えなかったと言うのか。それが、どうして今は目が見えるのか。」両親は答えて言った。「これがわたしどもの息子で、生まれつき目が見えなかったことは知っています。しかし、どうして今、目が見えるようになったかは、分かりません。だれが目を開けてくれたのかも、わたしどもは分かりません。本人にお聞きください。もう大人ですから、自分のことは自分で話すでしょう。」両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れていたからである。ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである。両親が、「もう大人ですから、本人にお聞きください」と言ったのは、そのためである。
 さて、ユダヤ人たちは、盲人であった人をもう一度呼び出して言った。「神の前で正直に答えなさい。わたしたちは、あの者が罪ある人間だと知っているのだ。」彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」すると、彼らは言った。「あの者はお前にどんなことをしたのか。お前の目をどうやって開けたのか。」彼は答えた。「もうお話ししたのに、聞いてくださいませんでした。なぜまた、聞こうとなさるのですか。あなたがたもあの方の弟子になりたいのですか。」そこで、彼らはののしって言った。「お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ。我々は、神がモーセに語られたことは知っているが、あの者がどこから来たのかは知らない。」彼は答えて言った。「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、お聞きになります。生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。」彼らは、「お前は全くの罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言い返し、彼を外に追い出した。
 イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。彼は答えて言った。「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが。」イエスは言われた。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」彼が、「主よ、信じます」と言って、ひざまずくと、イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」
 イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」

 

福音のメッセージ

「遣わされた者」

カトリック垂水教会担当司祭:林 和則

 福音書はイエスのことばとわざの単なる過去の記録ではありません。それは福音書を読む人びと、つまり教会共同体の置かれている状況の中で、その状況に今も生きたことばとして、共同体を導き、励まし、養成するために書かれています。そのため、しばしばイエスのことばと行いを共同体の現状に即したものとするために「編集」しています。だからこそ特にマタイ、マルコ、ルカのいわゆる共観福音書においては同じみことば、できごとが記述されていても、その文言や置かれている文脈が変わってくるのです。それは三つの福音が書かれた共同体の状況の違いから生じているといえます。
 ですからそれは、けっしてイエスのことばとわざの恣意的な「変更」ではありません。聖書を単に歴史学、文献学の研究の対象として考えるのであれば確かにそう言えるのかも知れません。しかし私たちにとって、福音書に限らず聖書は信仰の書なのです。
 それはまた、信仰共同体のための書であるということです。ひとことで言えば聖書は「今も生きて働く復活の主のことば」なのです。復活の主は初代教会の時も、現代の教会においてもなおも、キリストを信じる者たちの中に現存し、働かれ、福音を絶えず「生きたことば」として教会の中で信徒の働きを通して「現在化」されていかれるのです。福音書記者たちはその復活の主への信仰の視点から聖霊に導かれて書き、編集しているのです。何よりもそこには信仰共同体への深い思いがあり、それはまたイエスの思いでもあるのです。

 共観福音書とは取り扱うできごとも編集の視点にも大きな違いがあり、独特な立場から書かれているヨハネの福音には、その側面がもっとも強く表れています。今日の福音もまさにそのような箇所です。ここでは明らかに生まれつきの盲人のいやしという過去のイエスの奇跡のできごとが「初代教会の人びとの共同体の現代」とみごとに重ね合わせられています。そのキーワードとなるのが「ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公けに言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである(9:22)」という説明です。実はこれはイエスの生存中にはけっして起こりえないことでした。イエスをメシアと信じる、ナザレ派という人びとが公けに現れてくるのは、イエスの復活後です。何よりも、その人びとを会堂から追い出すことがユダヤ教内で決定されたのは紀元90年代になってからのことだったのです。また、見えるようになった盲人を尋問する人びとの中に、イエスの在世当時、ユダヤ教の指導者層であった祭司たちやサドカイ派の人びとが登場しないことも考えられないことです。ファリサイ派の人びとがユダヤ教の指導者層になるのは70年以降のことです。それはローマ帝国によるエルサレム破壊の時に祭司たちやサドカイ派の人びとが壊滅した結果でした。
 これらのことから明らかにヨハネは福音書が書かれた時代(90年頃と考えられています)、今、自分たちが共に生きている信仰共同体の現代の中にこの奇跡のできごとを置き換えているのです。
 何のためでしょうか?それを解くカギは「シロアム」を「遣わされた者」という意味に変えていることにあります。「シロアム」はアラマイ語の「水道」を意味する「シロア」から派生しています。それは「エルサレムの北方にあるギホンの泉からエルサレムに供給する水やキドロンの谷の水を確保しようとして作られた水道ないし水道網のことを指す・・・水路は水を南のシロアの池に引き込み、そこは洗い場になっていた(新約聖書注解Ⅰ(日本基督教団出版局)469頁より)」
 「シロアム」は「水道」という意味で、「遣わされた者」という意味ではないのです。実は、ヨハネはそのような当時のユダヤ人の誰にでもわかるような「間違い」を意図的に行ったと考えられます。そこにこそヨハネのメッセージがあります。ヨハネは見えるようになった盲人に洗礼を受けた人の姿を投影したのだと思えるのです。それによって洗礼を受けることがどういうことなのか、またそれを受けた人がどのように生きるべきかをヨハネは信仰共同体に伝えたかったのです。
 「世の光(9:5)」といわれたキリストの洗礼を受けることは、闇の中にいた人が光の中に連れ出され、見えるようになることです。生まれつき、つまりそれまで人生の意味が見いだせずに生きてきた人がはじめて生きる意味を見い出したことといえるでしょう。そのあと、見えるようになった人は人びとの中であかしをしていくのです。けれども、見えるようになった人はいきなりすべてが見えるようになったわけではありません。最初の尋問においてイエスのいる所を聞かれても「知りません」としか答えられません。それが人びとにあかしを続けることによって、その人自身の信仰も成長していきます。最後には「あの方が神のもとから来られた(9:33)」と反対者たちに堂々とあかしするようになるのです。
 この受洗と信仰の成長の過程はまさにヨハネの信仰共同体に当てはまるものです。彼彼女らは受洗した後、たびたび会堂から追い出され、ファリサイ派の人びとから尋問されていました。そんな信仰の仲間にヨハネはその中でこそ、信仰は成長するのだと伝えたかったのでしょう。

 皆さんにも「シロアム」を「遣わされた者」と意味づけたヨハネの意図がわかってきたことと思います。「シロアム」当時「洗い」つまり「清め」の水場であった池は「洗礼」を表し、洗礼を受けた者はその場から、イエスによって「遣わされる者」となるのだ、ということです。しかも迫害の困難の中へと。けれどもその迫害こそが信仰を育てるのだということをヨハネは伝え、信仰共同体の仲間を励ましたかったのです。
 もしかしたら、ヨハネの共同体では当時の「シロアの池」で実際に洗礼を授けていたのかも知れません。だとしたら共同体の人びとはその池を「遣わされる者(受洗者)の池」と呼んでいたことでしょう。

3月15日のミサ(四旬節第3主日)

3月31日(火)までミサの中止および教会施設の閉鎖を延長します。今週も各自ご自宅などでお祈りいたしましょう。

第一朗読

出エジプト記(出エジプト17・3-7)

 〔その日、〕民は喉が渇いてしかたないので、モーセに向かって不平を述べた。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」

モーセは主に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、主はモーセに言われた。

 「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」

 モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。

 

第二朗読

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ5・1-2、5-8)

 〔皆さん、〕わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。

 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

 

福音書

ヨハネによる福音(ヨハネ4・5-42)

 〔そのとき、イエスは、〕ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。

 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

 ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」人々は町を出て、イエスのもとへとやって来た。

 その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」

 さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。

 

福音のメッセージ

「生きた水」

カトリック垂水教会担当司祭:林 和則

 ヨハネ福音書の特徴のひとつに、イエスと登場人物である個人や群衆また弟子たちとの間でのちぐはぐな会話があります。たとえば「イエスとニコデモ(3:1-21)」ではイエスが「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることができない(3:3)」と言ったのに対してニコデモは「もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか(3:4)」と問いかけ、明らかに会話がかみ合っていません。群衆との間では、ヨハネの聖体論ともいえる「命のパン」をめぐるイエスの教え(6:22-59)におけるイエスのことば「わたしは命のパンである(6:48)」に対して「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか(6:52)」と互いに激しく議論し始める始末にさえなります。

 弟子たちに至っても、ラザロの死についてイエスが「わたしたちの友ラザロが眠っている。しかし、わたしは彼を起こしに行く(11:11)」と言ったのに対して「主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう(11:12)」ととんちんかんな答えを返しています。

 このようなヨハネ福音における会話の行き違いを、亡くなられたイエズス会の小林稔神父様は「登場人物がイエスの二重の意味を持った言葉を聞いて、(イエスが)意図されたのとは別の意味で解すること、そのような(ヨハネ)福音書の著者の描写は「誤解のモチーフ」と呼ばれ、著者が話を別の次元に展開するための契機になっている(岩波書店「ヨハネ福音書のイエス」93頁より)」と説明されています。この「誤解のモチーフ」がもっとも効果的に使用され、すばらしい救いの物語になっているのが、今日の「サマリアの女」と呼ばれている福音です。

 他の紹介した箇所では誤解によって生じたイエスと登場人物たちとの断絶は埋められることなく、「命のパン」の箇所における群衆では「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか(6:60)」と言って、決定的な決別に至ります。けれども「サマリアの女」では最初は食い違っていた会話が次第に近づいてきて、最終的には「この方がメシア(4:29)」という信仰宣言に至り、その後この女性は宣教者となって自分の町のサマリア人たちにそれをあかしして、多くの人を救いへと導くのです(6:28-42)。

 小林神父様が書かれている「話を別の次元に展開する」の「別の次元への展開」とは「地上的、この世的な次元」から、「天上的、霊的な次元」への展開であると思います。イエスと人びととの誤解の原因は「視点」の違いにあると思います。イエスが「霊的」な視点に立っているのに対して、人びとは「この世的、物質的」視点に立っているといえます。

 「サマリアの女」においてそのポイントとなる誤解は「生きた水」ということばです。「生きた水」ということばは当時のユダヤでは「溜まり水でない、流れている新鮮な水」を意味しました。それは川であり、また湧き出る泉のことです。イエスが「あなたに生きた水を与えたことであろう(4:10)」と言われたのに対してサマリアの女は「あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか(4:11)」「ここにくみに来なくてもいいように、その水をください(4:15)」と答えます。

 実は女は次のようなことを言っていたのです。私の意訳です。

 「この井戸は湧き出る泉ではありません。溜まり水です。ですから、くむ物がなければくめません。しかも深いので、くむのにたいへん手間がかかります。ですから、そんな手間がかからない、くみ上げる必要のない、湧き出ている泉の場所をご存じでしたら、教えてください。そこにくみに行かせてください」

 サマリアの女はあくまでも、地上的な、目に見える現実世界の「生きた水」を求めているのです。そんな女にイエスは彼女の素性を当ててみせます。女はそれによってイエスが「預言者」ではないかという考えに導かれます。そこから女は「礼拝」という宗教的次元に開かれていきます。

 サマリア人とは北イスラエル王国の生き残りの人びとの子孫です。紀元前931年、ダビデ王が打ち立てた王国は北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂します。南ユダ王国はダビデの血統に属し、エルサレムを首都とし、その地にあった神殿での礼拝を続けました。北イスラエル王国は後にサマリアを首都とし、エルサレムの神殿に対抗してゲリジム山に聖所を置き、そこで礼拝を続けました。

 サマリアの女が言う「わたしどもの先祖はこの山で礼拝しました(4:20)」の「この山」がゲリジム山です。そして女性は「預言者」に対してゲリジム山とエルサレムの神殿とを対比して、どちらが本当の礼拝の場所であるのかと問いかけるのです(4:19)。

 それに対してイエスは「この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る(4:21)」とユダヤ人とサマリア人の対立の原因である両方の聖所での礼拝を否定します。そして「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない(4:24)」と新たな礼拝を指し示します。これによって女はイエスをメシアではないかと思い、イエスは「それは、あなたと話をしているこのわたしである」と答えます。ここにおいて、サマリアの女とイエスの会話が断絶から一致へと転換し得たのです。

 ここからわかることはイエスが言われる「生きた水」とは、霊と真理による「真実の礼拝」であったことがわかります。それをはっきりと言われているのが、この後のエルサレムにおけるイエスのことばです。そこではイエスがエルサレムの人びとに対して「大声で言われた」と書かれています。

 「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる(7:37b―38)」

 つまりイエスのところに行って、イエスを信じることを通して、真実の礼拝が可能になり、それこそが「生きた水」であるということになります。そこにおいては、礼拝する人が「飲む」だけでなしに、その人の内から生きた水、すなわち「泉」が湧き出て、その人だけでなく、周囲の人びとをも潤おすということになるのです。

 そのようなイエスのもとでのもっともすばらしい礼拝こそが「ミサ」です。ミサに与ることによって、私たちは生きた水の豊かな、あふれかえるような流れに心も体も浸し、そして内から湧き出てくる泉によって、日々の生活の中で出会う人びとに生きた水を分け与えていくのです。

 *「サマリアの女」は女性差別の問題など社会的側面においても幅が広く、信仰的側面においても深い内容を持っています。私のメッセージはその一部分を語ったにすぎません。どうぞネットで「サマリアの女」で検索してみてください。数多くの解説がありますので、そちらも読んでみてください。

3月8日のミサ(四旬節第2主日)

3月14日(土)までの週日・主日ミサを中止いたしますので、ご自宅でお祈り下さい。

第一朗読

創世記(創世記12・1-4a)

[その日、]主はアブラムに言われた。

「あなたは生まれ故郷

父の家を離れて

わたしが示す地に行きなさい。

わたしはあなたを大いなる国民にし

あなたを祝福し、あなたの名を高める

祝福の源となるように。

あなたを祝福する人をわたしは祝福し

あなたを呪う者をわたしは呪う。

地上の氏族はすべて

あなたによって祝福に入る。」

アブラムは、主の言葉に従って旅立った。

 

第二朗読

使徒パウロのテモテへの手紙(二テモテ1・8b-10)

[愛する者よ、]神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

 

福音書

マタイによる福音(マタイ17・1-9)

[そのとき、]イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。

ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。

 

福音のメッセージ

「父と子の愛の交わりの輝き」

カトリック垂水教会担当司祭:林 和則

毎年、四旬節第二主日の福音はマタイ、マルコ、ルカのいわゆる共観福音書がともに書き記している「主の変容」と呼ばれている出来事が朗読されます。A年ではマタイが用いられています。ちなみにB年ではマルコ、C年ではルカです。

イエスがペトロ、ヨハネ、ヤコブだけを連れて、高い山に登った時、弟子たちの目の前でイエスの顔が太陽のように輝き、服は光のように白くなり、そこにモーセとエリヤが現われて共に語り合われたという、まことに輝かしい、栄光に満ちたイエスの姿がそこにはあります。しかしながら、このすぐ前の16章でイエスは弟子たちに最初の受難予告をしているのです。栄光どころではなく、権力者たちから苦しめられて殺されることが語られています。メシヤをこの世的な王と考えていた弟子たちはイエスがユダヤの王になるどころか、祭司長たちによって捕らえられ、殺されるということばに驚き、激しく動揺します。ペトロにいたっては、イエスを脇へお連れしていさめ始めたとまで書かれています。動揺する弟子たちにはイエスの逮捕と処刑だけが耳に残って「三日目に復活する」ということばはまったく頭に入っていません。また復活を理解することもできなかったのでしょう。彼らにとってまだ、死は全ての終わりであったからです。

そんな弟子たちの動揺を少しでも抑え、力づけるためにイエスは復活の栄光の姿をお見せになったのが「主の変容」であるという解釈が一般的です。また当時は旧約聖書は「律法の書」「預言の書」と呼ばれていて、モーセは「律法の書」を、エリヤは「預言の書」をそれぞれ象徴し、そこにイエスに象徴される「新約の書」が加わることによって、神のことばが完成したことが表されているとも考えられています。いずれにしても目のくらむような神々しい、まさに勝利の王としてのイエスの姿がそこにはあります。

けれども変容の場面を、イエスの逮捕の前のゲッセマネの園と類似している、共鳴し合っていると考える解釈があります。栄光に満ちた変容と、闇と苦しみに満ちたゲッセマネでは正反対ではないか、どこが似ているんだと思われる方が多いでしょう。この解釈のカギはルカの並行箇所にあります。マタイとマルコではイエスがモーセとエリヤと「語り合っていた」としか書かれていませんが、ルカは「エルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた(9:31)」と書かれています。カギはこの「最期」にあります。この言葉はギリシャ語原文では「エクソドス」です。それはギリシャ語訳の旧約聖書の出エジプト記のギリシャ語書名の「エクソドス」から取られています。「エクソドス」の本来の意味は「旅立ち」「国を出る」です。そのためにエジプトからの脱出、旅立ちとして、この言葉が選ばれたのでしょう。聖書の神学用語で言い換えれば、それは「過越」です。神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態からふるさとの地での自由へと過ぎ越してくださったことをいいます。イエスとモーセとエリヤはイエスのエルサレムでの受難、つまり新たな「エクソドス」、言い換えれば新たな過越であるイエスの死と復活について語り合っていたといえます。

モーセはそのかつての過越を導いた人物です。エリヤは紀元前9世紀、北イスラエル王国のアハブ王の時代に活躍した預言者です。アハブ王は王妃イゼベルの国の神、バールの信仰を北イスラエルに広くもたらしました。エリヤはそれを激しく非難し、バールの預言者たちと祈りでもって戦い、打ち負かしました。そのためイゼベルはエリヤを殺害する命令を下し、エリヤは絶えず命の危険にさらされて逃亡の日々を送り、疲れ果てて「主よ、もう十分です。私の命を取ってください(列王記上19章4節)」と神に死を願いさえもします。エリヤもまた「苦しむ神の僕」でした。このふたりがイエスとイエスの過ぎ越しについて語り合ったのは、これから受難の旅、新たな過越に向かおうとされるイエスを励まし、勇気を与えるためだったと考えられないでしょうか。

ゲッセマネの園でイエスは血の汗を流すほどまでに苦しみ悶えられます(ルカ22:44)。であれば、イエスは弟子たちに平然として受難予告をされたのではなく、自らもその恐怖に苦しんでいたはずです。ルカは「祈るために山に登られた(9:28)」と書いています。その祈りとはゲッセマネの園の時のように来たるべき受難を思っての血の汗を流すような祈りではなかったでしょうか。ペトロと弟子たちがひどく眠くなってしまうのも、ゲッセマネの時と同じです。それを見た父なる神が我が子を励ますために、よき理解者、相談者としてモーセとエリヤを送ったのだと考えられるのです。

こうなると「主の変容」は弟子たちのためというよりも、父なる神が子であるイエスを力づけるためのものであったといえます。だからこそ神は最後に「これはわたしの子」と言われたのです。そこには「おまえは私の子だ。いつも、おまえのそばにいる。だから、恐れるな。心配するな」というように、父である神の、子であるイエスに対する深い愛がこめられています。変容の輝きはその父の愛を受けたイエスの喜びが満ちあふれた輝きであったと考えることができるのです。

私たちも苦しみもだえ、闇の中にいるような思いの時も、父である神がともにいてくださることを忘れないようにしましょう。