《 あなた方の義 》
6th Sunday A
2026.2.15ミサ説教
弟子たちにイエスがこのように言われました。「言っておくが、あなた方の義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国は入ることが出来ない。」と。
開催されているミラノ・コルテイナ2026の試合・日本の選手たちを、私たちの多くが見ていると思います。金メダルは、必ずしも人気のある選手や強い選手に贈られるわけではなく、むしろ完璧な演技、パフォーマンスを見せた選手に贈られるのだと、あなた方も気づいていると思います。鍵山由真という、フィギュアスケート選手の名前を聞いたことがあるでしょう。彼は日本の代表のエースと見なされています。本当に、素晴らしい選手です。多くの人が彼にメダルを持ち帰ることを期待し、彼はそれを手に入れました。実は、いくつかのジャンプでミスをしていなければ、彼は金メダルを手にしたかもしれません。オリンピックでは、金メダルを持ち帰るのは、完璧なパフォーマンスをみせた者なのです。
本日の福音の中で、イエスは弟子たちに言われました。そして、今、私たち全員に聖なる者となり、天の国に入るよう勧めています。イエスが弟子たちに聖なる者となるよう励ましているのは、これが初めてではありません。
また、マタイ福音の中で、イエスは弟子たちに言われました。「だから、あなた方の天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」と。ここでは、完全な者ということは、聖なる者ということです。 しかし、私たちの経験から言うと、物事を正しくしたいと願っても、現実的に、完璧になることはあり得ないことです。努力がいつも一歩及ばないのを見るほど、がっかりすることはないです。すべてがうまくいき、熱心に祈り、すべてを忘れずに、一つのミスもない日を経験したことはありますか。弘法にも筆の誤り。羽生結弦選手でさえ間違いをしました。天におられる父とちがって、私たちは完全な者ではありません。私たちには多くの穴があります。
それでは、どのようにしたら、聖なる者になれるでしょうか。イエスは私たちにどのような聖性を望んでいるのでしょうか。 私たちは本当に、聖なる者になれるのでしょうか。 他の問いに答える前に、まず自問するべき最初の質問は、私たちが聖性を望んでいるかどうかということだと思います。
兄弟姉妹の皆さん、何よりもまず、人間の弱さにもかかわらず、私たちは聖なる者になれます。もし、それが不可能であるなら、イエスが弟子たちに聖なる者になるよう求められるはずがないからです。オリンピックでは、金メダルを持ち帰るのは完璧なパフォーマンスをみせた者なのです。天の国はちょっと違います。私たちのような罪人も、天の国では歓迎されているでしょう。神の国には数えきれないほど罪人がいます。しかし、彼らは入る前に、回心しました。
どうやって聖なる者になれるでしょうか。「律法学者やファリサイ派の人々の模範に倣い従ってはなりません」とイエスは言われました。それが聖なる者になるための第一の条件です。イエスは彼らを偽善者と呼びました。 彼らは祈り、断食し、施し、聖書を読み、神殿税を宗教的に納めていました。彼らの行いは本当に、素晴らしい。しかし、彼らはそれらすべてを神のためではなく、自分自身のために行いました。彼らの心は神から遠く離れていました。
兄弟姉妹の皆さん、 私たちにはすでに神の掟があり、教会は、恵みの源である秘跡を私たちに与えてくれます。神の御言葉もここにあります。そして、私たちの周りには素晴らしい人々が沢山います。教会のドアは常に開かれています。私たちがすべきことは、目を開き、心を開き、目の前にある救いの手段を心から受け入れることだけです。 努力も要ります。
主よ、私たちが心を尽くしてあなたに従えるよう、助けてください。